Roundtable — All 5 Sessions

IKIGAI TOWN 座談会 全5回

異なる業界で第一線に立つ50代のプロフェッショナル4名と重ねた、
「いきがい」をめぐる対話の記録。
※プライバシー配慮のため、お名前・所属はすべて伏せて掲載しています。

2025.10.01 → 2025.10.29 / 全5回 / IKIGAI TOWN 企画・事務局

― なぜ、座談会を開いたのか ―

「いきがい」という言葉ほど、日本語で語ると当たり前なのに、いざ自分のこととして問い直すと言葉に詰まってしまう概念はありません。海外で流行るIKIGAIのベン図は、たしかに美しい。けれど、日常を生きる私たちの感覚とは、どこか噛み合わないところがある。

だからこそ、抽象論を重ねるよりも、実際に人生の折り返し地点にいる方々の声をまっすぐに聞きたい ― そう考えて、2025年10月、異なる業界で第一線に立つ50代のプロフェッショナル4名をお招きし、全5回にわたる座談会を開催しました。所属企業や具体的な職種は、ご本人の了解のもと、すべて伏せて掲載しています。

議題はその都度変わりましたが、通奏低音はひとつ。「人生後半戦を、私たちはどう生きていきたいのか」。以下は、その5回分の記録です。

― 参加された4名の方々 ―

※プライバシー配慮のため、お名前・所属企業・具体的な職種は伏せ、年代と対話の中で見えてきた人物像のみを記載しています

PARTICIPANT A 50代 / T.M.(イニシャル・仮名)

長年「現場での表現・ものづくり」に携わってきた方。現場から管理職への転換期にあり、そのフェーズ移行に「リアルな違和感」を抱えていると語る。座談会では一貫して、現場感覚を失いたくないという心情の代弁者となった。

PARTICIPANT B 50代 / K.S.(イニシャル・仮名)

社会インフラを支える専門職の第一線に立つ方。「自分がこの仕事を止めたら、多くの人が困る」という手応えを、自身の最大のやりがいだと語る。論理的な整理と、未来志向のアイデア出しを得意とする。

PARTICIPANT C 50代 / H.Y.(イニシャル・仮名)

長くものづくりの現場を歩んでこられた方。「生きがい=生きる張り合い」と定義し、お金は十分条件でも必要条件ではない、とはっきり語る論客。議論を根本から問い直す“ぶれない軸”を、座談会に与えた。

PARTICIPANT D 主催 / S.I.(イニシャル・仮名)

IKIGAI TOWN 企画・事務局。座談会の主催者として、全5回を通じて「いきがいの3段階モデル」(見つける→育てる→実現する)を提唱。議論をフレームに束ね、次の行動へとつなげる役割を担った。

― 全5回の対話記録 ―

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Session 01
2025.10.01

はじまりの対話 ― 私たちはいま、どこに立っているか

第1回はいわば自己紹介から始まりました。まったく異なる分野で20〜30年を過ごしてきた4名が、それぞれのキャリアの現在地を率直に共有する。一見ありふれた導入のように思えましたが、話題が「人生の後半戦」に及んだとき、場の空気がふっと変わります。

A氏が、ぽつりと口にしました。長年続けてきた現場仕事から管理職へ軸足が移ったタイミングで、自分でも想定していなかった「違和感」があると。「本当にこれが深刻な悩みではない」と自覚しながらも、ずっと磨いてきたスキルが日常業務から遠ざかっていくことへの、静かな戸惑い。

「現場から管理職へ――違うフェーズに入っていくことに対して、僕は若干、違和感を感じていて、リアルに悩んでいるんですよね。」
― Participant A

一方のB氏は、ご自身のやりがいを「社会の根っこを本当に支える立場」という言葉で表現されました。自分がこの仕事を止めたら、多くの人が困る ― その手応えこそが、日々の仕事の背骨になっている、と。違う背景を持ちながら、「社会とのつながりによって輪郭を持つ自分」という共通の感覚が、そこに浮かび上がりました。

第1回は結論を出す会ではありませんでした。けれどこの日の対話は、のちの4回を貫く大きな問いを提示しました。「人生後半戦の入り口で、私たちは何を手放し、何を育てていくのか」

TAKEAWAY 50代は、キャリアの転換点そのもの。現役で第一線に立つプロフェッショナルでさえ、「これからの自分」への戸惑いを、心の奥に静かに抱えている。
Session 02
2025.10.06

いきがいには「3つの段階」がある ― D氏の提案

第2回の白眉は、主催者であるD氏が示した、ひとつのフレームでした。いきがいは、一度見つけたら終わり、ではない ― むしろ「見つける → 育てる → 実現する」という3つの段階を経て、初めて人生を支える重さを持ちはじめる、というのです。

「生きがいを見つけるというタイミング、その次に生きがいを育てるというタイミング。そしてそれから、育てた生きがいを実際のかたちに実現するというもの。この3つが、順番にあるだろうと思うんです。」
― Participant D(主催)

この3段階モデルに、他の参加者も深く頷きました。A氏が抱えていた「違和感」は、言ってみれば第1段階の“見つける”フェーズに立っている状態。B氏のように仕事そのものに明確な手応えを持っている人は、すでに“育てる”から“実現する”の間にいる。同じテーブルに座った4人が、それぞれ違う段階に立っていることに、このモデルは言葉を与えました。

議論はそこから、IKIGAI TOWNというプラットフォームそのものの骨格に及びます。ホーム/マイページ/サークル/企業ページ/相談所/イベント ― この6つの機能ピラーを、「見つける・育てる・実現する」の3段階にどう対応させていくか。抽象的な哲学が、いつのまにか具体的なサービス設計へと地続きに伸びていった、不思議な一日でした。

TAKEAWAY いきがいは、名詞ではなく動詞のプロセス。「見つける → 育てる → 実現する」という3段階の視点があると、今の自分がどこで立ち止まっているかが見えてくる。
Session 03
2025.10.09

海外版「IKIGAI」と、日本人のいきがい ― 埋まらない2つの感覚

第3回のテーマは、海外で広がるIKIGAIと、日本人が日常的に使う「いきがい」の違いでした。「好きなこと」「得意なこと」「世の中が必要としていること」「お金を稼げること」 ― この4つが重なる場所がIKIGAIだ、という西洋版のベン図を、4名で囲んで眺めます。

真っ先に異論を差し挟んだのはC氏でした。理屈はわかる、と前置きをしたうえで、彼はこう続けます。

「お金は、やっぱり“十分条件”ではあるけど、“必要条件”ではないと思うんです。別に稼がなくても、ボランティアをしていることが生きがいの人もいる。」
― Participant C

C氏の定義は一貫してシンプルでした。生きがい=「生きる張り合い」、あるいは「生きていてよかったと思えること」。それは、仕事でもいいしボランティアでもいい、家庭菜園でも合唱サークルでも構わない。お金という軸を必須条件にしてしまった瞬間、日本人の「いきがい」の半分は語れなくなってしまう ― それが彼の指摘でした。

一方でA氏からは、現実的な葛藤も共有されました。「好きだけど稼げない」「得意だけど好きになれない」「求められているけど、本当はやりたくない」 ― 4つの円がきれいに重なる人なんて、本当にどれだけいるのか。むしろズレを抱えたまま、それでも前に進んでいくのが大人の生活なのではないか、と。

この日、座談会のテーブルに静かに置かれたのは、日本人のいきがいは「生きる彩り」に近く、海外のIKIGAIは「生きる」に近い、という言葉でした。同じ一語を使いながら、そのスケール感がまったく違う。この発見は、のちのコラム全体を貫く背骨になります。

TAKEAWAY 海外版IKIGAIの4つの円が完璧に重なる人は、実はごく稀。ズレと折り合いをつけながら生きていくこと、それ自体が日本的ないきがいの知恵でもある。
Session 04
2025.10.20

AIと「ジョハリの窓」 ― 自分では気づけない、もうひとつのいきがい

第4回は、少しだけ実験的な回になりました。参加者それぞれに「自分のいきがい候補をAIに提案させる」というプロンプトを試していただいたのです。最初に返ってきたのは、想定どおりの答えばかりでした。「健康を大事に」「家族との時間を」「趣味を続けましょう」 ― 正しいけれど、既に知っている答え。

議論は自然と、「AIに本当に期待する価値は何か」という問いに移ります。B氏が口にした言葉が、その場の温度を変えました。「私たちが本当にほしいのは、“予想していなかった可能性”の提示じゃないか」と。「お前、バスの運転手もいいんじゃない?」と不意打ちのように言ってくれる、そんな存在。

ここで持ち出されたのが、心理学の古典的なフレーム「ジョハリの窓」でした。自分が知っている自分/他人だけが知っている自分/自分も他人も知らない自分 ― この4象限のうち、本当に価値があるのは、「他人だけが知っている自分(=盲点の窓)」にアクセスする設計ではないか。

「自分では気づけない強みや可能性って、絶対にあるんです。それをAIが提示してくれるとしたら、それはもう占いじゃなくて、本当に意味のあるセカンドオピニオンになる。」
― Participant B

そこから話題はペルソナ設計に及びました。40代男性/40代女性/50代男性/50代女性 ― 同じ質問を投げかけても、返ってくる「いきがいの手がかり」はまったく違う。属性ごとに質問設計を変える必要がある、という結論は、次の第5回へとつながっていきます。

TAKEAWAY いきがい発見ツールの本質は、「正解を当てる」ことではなく「自分では気づけなかった盲点に、光を当てる」こと。AIの価値はそこにある。
Session 05
2025.10.29

最終回 ― 座談会が残したもの、そして次の景色

全5回の最終回。議論の対象は、プロダクトを超えて「チームや組織にとってのいきがいとは何か」というところまで広がりました。個人のいきがいベン図が、そのままチーム編成のツールとして使えるのではないか ― という発想が生まれたのは、この日です。

メンバー一人ひとりの「好き × 得意 × 求められる × 稼げる」を可視化したうえで、プロジェクトごとにベストなチームを組み直す。個の幸福と組織の生産性が、はじめて同じ言語で語られるようになる ― D氏が描いたこの未来像に、他の3名からも「それなら自分の会社でもやってみたい」という声が返ってきました。

最後に参加者が口々に語ったのは、意外な点でした。全5回を通じて、いちばん大きな発見は「他人のいきがい観を聞くこと」そのものだった、と。自分では当たり前だと思っていたことが、他人にとっては新鮮な驚きだった。その逆もまた然り。

「本当にいつでも見つけて、それにチャレンジしてもいいんですよ ― そう言ってあげられる“場”を作ることが、このIKIGAI TOWNの仕事なんだと思います。」
― Participant B

5回の座談会は、ひとつの結論を出すことはありませんでした。むしろ「いきがいに結論はないのだ」ということを、4人の声がそれぞれ違う角度から示していたように思います。けれど確かに、ある輪郭は見えてきました。いきがいは、ひとりで考え込むものではなく、他者との対話の中で少しずつ姿を現していくものだ、ということ。

TAKEAWAY いきがいは、自己完結する内省ではなく、他者との対話によって輪郭を持つ。だからこそ「いきがいを語り合える場」そのものが、最大のサービス価値になりうる。
EDITOR'S NOTE

5回の座談会を終えて ― 編集後記

私たちが当初、この座談会に期待していたのは、サービス設計のためのヒントでした。けれど5回のすべてを終えてみて、本当にいただいたのは、それとはもう少し違う何かだったように思います。

4名の方々は、それぞれ立場も歩んできた道のりもまったく違う。けれど、「人生後半戦をどう生きるか」という問いの前では、驚くほど近い場所に立っていました。違和感を抱えたまま前に進むA氏、手応えを持って現場にいるB氏、哲学として生きがいを語るC氏、そして全体を構造化しようと試みるD氏 ― その4つの声が重なった場所から、このコラムと、IKIGAI TOWNというサービスは生まれました。なお、ご本人の意向を最大限尊重し、お名前・所属企業・具体的な職種はすべてイニシャル(仮名)でお届けしています。

もし、このページを読んでくださっているあなたが「自分のいきがいって、なんだろう」と少しでも立ち止まる瞬間を持たれたなら、ぜひ、私たちの無料診断を入り口として使っていただければ幸いです。きっとどこかで、この4名の声が、静かにあなたの背中を押してくれるはずです。

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