── 法律の条文が「ただし、妻以外の者にあつては」と書いている。2028年4月、その一文が変わる。
遺族厚生年金を受け取るには、亡くなった配偶者に生計を維持されていたことが要る。その認定に使う収入基準は年収850万円未満。男性の平均給与は569万円(国税庁)なので、所得の条件は男性のほとんどが満たしている。それでも54歳以下の夫には支給されない。
現行の遺族厚生年金(子がいない場合)。厚生年金保険法第59条第1項および厚生労働省「年金制度改正法の概要」の現行制度図より編集部作成
遺族厚生年金は、誰にでも出るものではありません。厚生年金保険法第59条第1項は、受け取れる遺族を「配偶者、子、父母、孫又は祖父母」と定めたうえで、亡くなった人に生計を維持されていたことを求めています。この「生計を維持していたこと」の認定基準は同条第4項により政令に委ねられ、実務では年収850万円未満という収入基準が使われます。厚生労働省の改正資料にも「死亡者との生計維持関係の確認に用いる収入基準(850万円)」と明記されています。
では、850万円という線はどのくらいの高さでしょうか。国税庁「令和5年分 民間給与実態統計調査」によれば、1年を通じて勤務した給与所得者は5,076万人で平均給与は460万円。男性は2,887万人で平均569万円です。収入基準まで281万円の開きがあります。
国税庁「令和5年分 民間給与実態統計調査」(1年を通じて勤務した給与所得者)
| 区分 | 人数 | 平均給与 |
|---|---|---|
| 全体 | 5,076万人 | 460万円 |
| 男性 | 2,887万人 | 569万円 |
| 女性 | 2,189万人 | 316万円 |
| 正社員 | ― | 530万円 |
| 正社員以外 | ― | 202万円 |
| 遺族年金の収入基準 850万円未満 | ||
出典:国税庁「令和5年分 民間給与実態統計調査」(1年を通じて勤務した給与所得者)。男性で最も人数が多い階級は400万円超500万円以下で504万人(17.5%)、女性は100万円超200万円以下で449万人(20.5%)。年収850万円以上の人が全体の何%かは本調査の概要には示されていないため、本リリースでは割合を示していません。
収入の条件を満たしていても、夫には別の壁があります。同じ第59条第1項の、ただし書です。
厚生年金保険法(昭和29年法律第115号)第59条第1項
遺族厚生年金を受けることができる遺族は、被保険者又は被保険者であつた者の配偶者、子、父母、孫又は祖父母(略)であつて、被保険者又は被保険者であつた者の死亡の当時(略)その者によつて生計を維持したものとする。ただし、妻以外の者にあつては、次に掲げる要件に該当した場合に限るものとする。
一 夫、父母又は祖父母については、五十五歳以上であること。
二 子又は孫については、十八歳に達する日以後の最初の三月三十一日までの間にあるか、又は二十歳未満で障害等級の一級若しくは二級に該当する障害の状態にあり、かつ、現に婚姻をしていないこと。
「妻以外の者にあつては」──法律そのものが、妻だけを別扱いすると書いています。妻には年齢の要件がなく、夫には55歳以上という要件がある。そして厚生労働省の現行制度図によれば、夫は55歳で受給権を得たあとも支給が始まるのは60歳からです。
したがって、54歳以下で妻を亡くした夫は、年収がいくら低くても遺族厚生年金を受け取れません。この条文は1954年(昭和29年)の制定以来、妻を亡くした夫を想定していないまま残ってきました。共働き世帯が当たり前になり、女性の給与所得者が2,189万人にのぼる現在も、扱いは変わっていません。
遺族年金には遺族基礎年金(国民年金)と遺族厚生年金(厚生年金)の2つがあります。遺族基礎年金を定める国民年金法第37条の2は「遺族基礎年金を受けることができる配偶者又は子は」と規定しており、性別中立です。18歳到達年度末までの子と生計を同じくしていれば、父親も対象になります。「父親には遺族年金が一切出ない」というのは誤りです。本リリースが扱っているのは、上乗せ部分にあたる遺族厚生年金です。
社会経済の変化を踏まえた年金制度の機能強化のための国民年金法等の一部を改正する等の法律(年金制度改正法)により、遺族年金の規定が見直されます。厚生労働省の改正概要には、こう書かれています。
遺族厚生年金の男女差解消のため、18歳未満の子のない20〜50代の配偶者を原則5年の有期給付の対象とし、60歳未満の男性を新たに支給対象とする。
報道では「5年で打ち切り」の側が繰り返し伝えられてきましたが、同じ改正の中で受給できるようになる人がいます。60歳未満の男性が新たに支給対象となり、これまで効いていなかった収入要件のほうは廃止されます。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 支給対象 | 60歳未満の男性を新たに支給対象とする |
| 給付期間 | 18歳未満の子のない20〜50代の配偶者は原則5年の有期給付に |
| 収入要件 | 収入要件の廃止 |
| 配慮措置 | 男女ともに受給しやすくし、原則5年の有期給付に |
| 配慮措置 | 低所得など配慮が必要な方は最長65歳まで所得に応じた給付の継続 |
| 配慮措置 | 有期給付の場合の加算や配偶者の加入記録による自身の年金の増額 |
| 配慮措置 | 女性のみの加算を廃止(25年かけて段階的に縮小) |
出典:厚生労働省「社会経済の変化を踏まえた年金制度の機能強化のための国民年金法等の一部を改正する等の法律の概要」。施行期日は令和10年4月1日(2028年4月1日)。
厚生労働省の資料は、遺族厚生年金について今回の改正の影響を受けない方を3類型あげています。
「子育て中の世帯も5年で切られる」という理解は、この記載と一致しません。
| 分析主体 | IKIGAI TOWN 編集部(スペシャリスト・ドクターズ株式会社) |
|---|---|
| 調査テーマ | 遺族厚生年金の収入基準および夫の年齢要件と、実際の給与水準との関係 |
| 根拠法 | 厚生年金保険法(昭和29年法律第115号)第58条・第59条/国民年金法(昭和34年法律第141号)第37条・第37条の2(e-Gov法令検索) |
| 改正内容の出典 | 厚生労働省「社会経済の変化を踏まえた年金制度の機能強化のための国民年金法等の一部を改正する等の法律の概要」 |
| 給与データ | 国税庁「令和5年分 民間給与実態統計調査」(1年を通じて勤務した給与所得者) |
| 参考 | 厚生労働省 社会保障審議会年金数理部会「公的年金財政状況報告-令和5(2023)年度-」(国民年金第3号被保険者686万人・令和6年3月末) |
| 編集部の計算 | なし。条文と公表値をそのまま引用し、収入基準と平均給与の差額(281万円)のみ引き算した |
| 確認日 |
制度が想定している家族像と、実際の家族が離れている
この記事で扱った数字は、どれも新しく計算したものではありません。条文はずっとそこにあり、給与の統計も毎年公表されています。それでも並べてみると、制度が想定している家族像と、いま実際にある家族が離れていることが見えてきます。
収入の条件は年収850万円未満。男性の平均は569万円ですから、ほとんどの夫はこの条件を満たしています。満たしたうえで、年齢で外れる。条文が「妻以外の者にあつては」と書いているからです。
私たちがFP相談の現場で見てきたのは、共働き世帯で妻の死亡保障だけが薄いという設計です。夫に手厚く、妻には最低限。遺族厚生年金が妻には出て夫には出ない現行制度を前提にすれば、それは合理的とも言えません。むしろ逆で、公的年金が出ないほうにこそ、民間の保障が要ることになります。
2028年4月に男女差は解消されますが、同時に子のいない配偶者は原則5年の有期給付になります。どちらの向きに変わるかは、その家庭の年齢と子どもの有無で違います。「縮小」か「拡大」かの一言では片づかない改正です。
IKIGAI TOWN 編集長 塩飽哲生